初稽古と道のりの薫風と

久々のお休み。

私は茶道を習い始めた。

友達が茶道の先生だったことと、

仕事で茶道の知識が必要だったこともあり、

えいやっと!初めてみる事にした。

つまり、50の手習というやつだ。

片道2時間もかかる先生のご自宅。

本当は自宅の近くと思ったけれど、やっぱり今の先生以上に

尊敬する先生は現れないと思ったから。この尊敬ということが大きい。

先生との相性は一番大切だと感じたから。

 

そしてこの長い先生のお宅までの道のりも、

修行みたいで良いと思った。

もの思いに車窓をみながらボーツとする。良いではないか!

私の狂ったように忙しい毎日に生きる中で、何もないような無意味に流れる時間。

こういう時間の無駄使いはすごく贅沢ではないか!

私はこういう時間の流れに全く退屈には感じない。

なんにも無い時間をボケーつと過ごすのが、ただただ好き。

何かふとアイディアが湧いてくるのも、こういう時間の中でだ。

未来につながるひらめきに繋がることが、こういう時間を過ごしているとやってくることが私の人生には、多々ある。

お茶のお稽古の前に、瞑想をするような通勤時間になってほしい。

 

茶道。

実は私の性格から言うと、結構辛い修行だ。

昔から日本の美術や骨董には興味があったけれど、

型にハマった習い事に興味は示さない私…、

人は変わるもんですね。笑

決まりきった形、基礎がガッチリあり、

その基盤がないと茶道という世界の楽しさに入り込めない。

まあ、楽器やスポーツをやるにしたってがっちり基礎を習得しないと、

その先へはいけないから、同じなのかもしれないけれどね。

とにかく、

根本から好き勝手生きてきた人間には、初めはちょっとしんどいのかもしれない。

でもそれは、自分でも不思議に思うのだけれど、心地よい辛さなのである。

その先に待っているものは、

きっと想像以上なお茶の世界が広がっているということは、確かだから。

待っててね、千利休!

ははははは(笑 なーんちゃって、嘘です嘘だから)

 

さて、

先生のお茶室の床の間に飾っていた掛け軸は、

「薫風時南来(くんぷうじなんらい)」という禅語。

先生の話によると、初めに中国の詩人、柳公権(りゅうこうけん)が読んだ詩で、

夏の日が一年で一番好きだということを言っているらしい。

その風は木立に渡る微風で薫風によって宮中に涼を運んでくるというもの。

実に爽やかな詩だった。

その後、時代は流れ宋の時代、

詩人の蘇東坡(そとうば)がこの詩について、

この詩は庶民に対して思いやりのない詩だと評したらしい。

庶民は、宮中のような広い屋敷に住んでいるわけではない。

狭い家で生活している中で、このような清々しい風が吹くような日々ではない。実に思いやりのない詩だと言ったそうだ。

禅語は、

常に相反する二つの意味を持っていることが多いと先生は教えてくれたけど、

この初めてのお茶のお稽古に、相応しい5月の夏日の掛け軸だったと思う。

柳公権の初めて読んだような爽やかな日だった。

 

次回のお稽古も楽しみです。

 

 

投稿者: Aomameblue

こんにちはみなさま!わたしの名前はあおまめだと申します。 このブログへ遊びに来てくれてありがとう。 愛猫のペルシャ猫シロくんと50女の毎日の雑記記録です。 食べること、料理、絵を描いたり、本を読んだりすることが大好きです。 たわいもない内容ですが、よろしくね。 Hi everyone, thanks for visiting in my blog. My name is Aomameda and I live around Tokyo Japan with Shiro-kun(that is my own cat) This blog is my dairy life memo. I love drawing, cooking, reading, writing and petting cats. My own cat''Shiro'' and I will take you around my small world and in my mind. Sorry, I have been studying English for ages but it's not perfect enough!!

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